2026年9月14日月曜日

432ヘルツ

 

以前の記事でも書いておりますとおり、

現在、セカンドアルバムの作成を進めており、

そのレコーディングは
ETRENAL ELYSIUMのギタリスト、岡崎さんがエンジニアを務める、

名古屋のスタジオZENで行っています。

 

作業の合間、岡崎さんとお話をする中で、

キャリブレーション変更の効果、可能性についてご教示いただきました。

 

キャリブレーションとは、

楽器のチューニングの指針のようなものでして、

国際基準としてA=440ヘルツと定められています。

 

この基準が決定したのは1939年のことで、

それ以前は楽器のチューニングに明確な決まりがなく、

時代や地域ごとにいろいろなチューニングで演奏されていました。

 

例えば、バッハ(17世紀末18世紀初)は約415ヘルツと、

今でいう半音下げに近い状態、

モーツァルト(18世紀)は約421ヘルツで演奏していたといいます。

※残存している当時の音叉からそのように考えられるらしい。

 

1939年の440ヘルツ基準化以前は

多種楽器での演奏や地域をまたいでの合奏の際に、

各楽器間のチューニングが
まちまちになってしまうというような状態がありました。

基準化することで、どこでも、誰と演奏したときでも、

楽器間のチューニングがそろうことになりました。

 

1939年といえば第二次大戦がはじまった年。

国際的な交流は多々あった時代ですので、

音楽の世界でも「共通語」「ルール」の
必要性が求められたということなのでしょう。

 

A=440の設定の理由は
当時の主流がA=440であったことによるようです。

※ここでは書きませんが、この設定に当たってはいろいろと裏話もあるようです。
調べてみると、ある種、陰謀的なものも含め、いろいろな話がみつかります。
ナチスやロックフェラーが関係しているという話とか…

 

 

大多数の現代人がそうだとは思いますが、

私はいままでキャリブレーションについて疑問や興味を持ったことはなく、

無思考に440ヘルツで合わせてきました。

というか、市販のチューナーは最初から440で設定されていますし。


ですが、この基準を離れてキャリブレーションを変更してみると、

音楽の聴こえ方に変化が出てきます。

 

岡崎さんと会話する中で、こうした効果の示唆をいただき、

興味を持つとともに、いままで盲目的だった自分を反省した次第です。

 

 

例えば、442444など、高めに設定すると、

アンサンブルが明るく、鮮明になる傾向があります。

実際、オーケストラでは現在のキャリブレーション主流は
442ヘルツだったりするようです。

大量の奏者による合奏の場では高めのほうが美しく聴こえ、

また合わせやすいということなのでしょう。

 

逆に440以下にすると、温かみが出てきます。

 

とはいっても変化は微妙なものであり、

プラシーボも働いているとは思いますが、

いろいろと実験を行った結果、

今、私はA432ヘルツにキャブレーション設定しています。

 

先述のとおり、一般に売られているチューナーでは
基本的に440に設定されており、

キャリブレーションの変更はできないものも多々あり、

もしくは変更の幅が狭いもの(たいていは436444くらい)が多いです。

 

432となると、少し特殊な
オーケストラ用のチューナーなどを使用する必要があり、

そういったものや、ヒーリング用に発売されている、

432ヘルツ音叉を使用して合わせています。

 

「ヒーリング用」と書きましたが、
432
ヘルツは「癒しの周波数」などとも呼ばれており、

科学的根拠は少ないながらも、リラクゼーション効果があるといわれています。

明確に感じ分けられるでもないのですが、

440ヘルツの曲を432ヘルツで演奏すると、

音域が下がったことでの安定感のようなものは感じます。

 

 

調べてみると、国際基準440が決まったころは

432も主流の一つだったようです。

 

例えば、デルタブルースでは、
当時の録音は少なかったり信頼性が乏しかったりするものの、

使用されていた440432の音叉が残っており、

432で合わせていたミュージシャンも一定数いたことの証左かと思います。

 

また、日本の雅楽ではいまでも430ヘルツ前後が基準となっており、

文化圏が違うブルースと雅楽で近似になっていることはすごく興味深いです。

 

 

では、国際基準設定後に隆盛した音楽ではどうなのかというと、

実は440ではなく、432に合わせている例はいくつかあります。

 

有名なところだとパンテラ。

ダレルはトランジスタ派だったので、
ギターサウンドが尖りすぎてしまう傾向があり、

その対策のためにキャブレーションを下げたそうです。

なぜ「432」なのか。

ひょっとすると、出身地がアメリカ南部であることから、

デルタブルースの影響で432という数字が
もともと頭に入っていたのかもしれません。

 

また、DEATHも一部の曲で432チューニングになっています。

理由は定かではありませんが、
チャックシュルディナーもトランジスタ派だったので、

音の尖りを弱めるためだったのかもしれません。

 

そのほか、ジョンレノンやボブマーリー、ジミヘンも
432ヘルツを好んでいたとの話もありますが、

真偽不明です。

 

 

さて、ここから少しスピっぽく聞こえてしまう話。

 

周波数による人、環境への影響って本当にあるのか。

 

これは間違いなくあると思います。

人の体の大半は液体でできています。

そこに音波が当たれば波紋が起きる。

それが長期的なものであればあるほど、
何らかの影響が出てきてしかるべきでしょう。

 

432ヘルツは「癒しの周波数」と呼ばれる旨を上述しましたが、

実際に432ヘルツと440ヘルツ下で氷を作ると、

結晶の形に変化が出ます。

その際、432は曼荼羅状の美しい結晶体になるといわれます。

ただ、この「美しい」は主観によるものですので、

手放しに信用できるものとは思いませんが、

変化がある=何らかの効果があるということは言えるように思います。

 

 

こうした、体、環境にいいとされる周波数として有名なものに

「ソルフェジオ周波数」と言われる周波数群があり、

9個の周波数がその効果とともに挙げられています。

 

その起源は1970年ころにジョセフ・プレオなる方が

数秘術的な手法で算出したとのことであり、

なんともうさんくさい面もありますが、

一定の実験成果もあるらしく、
リラクゼーションを目的として医療機関で使われることもあるようです。

 

これらに本当に効果があるのか。

いろいろ考えたり調べたりしている中で、

思い当たることがあります。

それは私が「C音」に対して持っている印象に関する話です。

 

9個のソルフェジオ周波数の中に528ヘルツが挙げられています。

なんでも遺伝子修復の作用があるとか・・・

528ヘルツといいますと、440ヘルツでチューニングした楽器での
C音(524ヘルツ)と近似の値です。


私は以前からキーCの曲には
落ち着きを感じるものが多いように感じていました。

 

例えば、

BEATLES ”LET IT BE

ジョンレノン “IMAGINE

BLACK SABBATH  “CHANGES

ブルーハーツ “チェインギャング”


また、2音下げチューニングのKYUSSは結果的にキーCの曲が多く、

KYUSSの曲には不思議な落ち着き感を感じます。


さらには童謡にはCがキーである曲が多いです。

”きらきら星“”カエルの歌“”ちょうちょ“”チューリップ“

 

調べてみると、C音に落ち着きを感じるのは

私だけではないみたいで、
WEB検索すると同様の感想を持っている人たちが見当たります。

 

その理由はCメジャーはピアノの白鍵だけで構成されるという点が
大きいのだとは思います。

童謡にCメジャーが多いのはまさしくそういう理由だと思います。

そしてそういう音楽を聴いて育っているので

C=落ち着きという感覚が根付いているのかもしれません。

 

これが528ヘルツの効果の証左である、とまでは思いませんが、

432やソルフェジオのように世間で良好な効果があるといわれる周波数には

「何かある」のかもしれません。

なので、私もキャリブレーション変更をしてみようと思った次第です。

 

 

以上、長々と書きましたが、

なんだかんだ言っても自己満足の世界です。

ですが、そもそも音楽は自己満足でやる部分が大きいものです。

前回記事に書いたこととも重複しますが、

世間一般の常識からすると「?」だとしても、

自分が何を感じ、信じるかが第一だと思います。


とりあえず、自分としてはキャリブレーション変更には

何らかの効果があるように感じていますので、

当面は432ヘルツ設定での演奏をしてみたく思います。


 うーむ。音楽は自由だという考えを持ってきたつもりですが、

キャリブレーションという初期設定とでもいうべき部分に

眼を向けてこなかった自分が悔しい。


今後もキャリブレーション研究続けていきたいと思います。

 

 

2026年8月17日月曜日

火傷を治すには

 

お盆休みが明けました。

 

この休みはSNSから極力離れ、

坐禅、楽器稽古、模型に時間を使った1週間でした。

 

 

休みの直前、台所仕事をしていて、

ふとコンロ周りの汚れが気になり、

直前まで火を使っていたことを忘れて五徳を持ち上げようとして、

指先を火傷しました。

 

触れた瞬間、思わず声を上げ、五徳を落っことすくらいの熱さ。

急いで冷凍庫から保冷剤を出し、指先を冷やしたのですが、

ふと甲野善紀さんが書いていた
「火傷は冷やさずに温めたほうがいい」という言葉を思い出し、

ダメ元で患部に数分間お湯を掛け続けてみました。

 

患部がお湯の熱でじんじんと痛む。

休み中に楽器稽古したかったのに、
これじゃ無理かな・・・なんて思っていたのですが、

少し水膨れになったものの、その日のうちに無くなり、

翌日には患部を強めに押さない限り、
痛みを
感じない状態になりました。

楽器の演奏も全く問題なし。

 

この療法、ネットでは非常識とかトンデモと扱われ、

甲野さんのSNSが少し炎上していたのですが、

こうして結果が歴然と見られると、

いかに常識というものがいいかげんであり、

また、人は常識を守りたいものなのかと実感した次第です。

 

 

常識から離れることは難しい。

それがいままで自分、社会を守ってきたものであり、

規範として守ることを要求される場合もある。

単純にそれに則って無思考で生きたほうが楽だったりもする。

そこから離れるには力が要る。

 

反骨で離れようとするのは比較的たやすい。

「俺は常識にとらわれない」と胸を張るのだ。

だが、これは本当の意味で離れたことにはならない。

反骨の対象である「常識」に基づいてやっているからだ。

 

本当に離れるには「信念」が必要だ。

世間と違う、自分なりの常識を信じ、

それに従う。

 

確実に信念を持ちえたとき、

世間の常識は目に入らない。

というか比較や考証の対象にならず、

馬耳東風といった状態になるはずだ。

 

そういった人の行動や言葉には信念が映え、美しい。

そうありたいものだ。

だが「そうありたい」と思っている時点で、

信念の純度は下がる。

 

それは文字にまとめるものではないし、その必要もない。

自然と育まれ、外に現れるものだから。

 

自分の感覚に則って、自分の常識を見出し、作り出し、

それに誠実に丁寧であればそれでいい。

 

なにかとウソや刺激にあふれ、

常識の捏造すらもなされる時代です。

また、それに乗っかってくだらない集団意識で個を叩くことに

快感を見出す、さもしい人も多い。

 

自分なりの常識を持ち、判断できるように

強く、丁寧に生きていきたいものです。

 

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さて、告知です。

 

次回ライブは来月です。

 

 


 

BURST YOUR NOISE vol.54

9/12(sat) 志木HOLE

 

DAYBREAK
SIFT
Table
Yard End Robinson’s
斉藤新

 

Open 17:30 start 18:00

1500円+1D

 

 9月以降は現時点明確な予定が入っておりませんが、

いよいよ10月を目安にセカンドアルバムの
レコーディングを終える予定ですので、

年内には発表できるかとおもいます。

 

その後はレコ発イベントなども考えておりますので
よろしくお願いします!

 

2026年7月31日金曜日

7月の活動報告

 

7月が終わろうとしています。

この7月はちょっと忙しいひと月でした。

 

中旬に、昨年急逝なさった
パキオさん(ATOMIC FIREBALL、彫刻の庭、高品格のベーシスト)の

追悼ライブがあり、

私はソロ演奏のほか、高品格でパキオさんの代役として
ベースを弾いてきました。

 

高品格はキリヒトの早川さんご夫妻と
ギターの三四郎君、パキオさんで活動していた

人力テクノポップといった趣のバンドなのですが、

春先に早川夫妻とうちの夫婦で飲み会をした際に打診いただき、

今回の参加となりました。

 

久しぶりのバンドでの演奏となり、

山暮しゆえに練習に行くのもまぁまぁな時間がかかるのですが、

やっぱりバンドは楽しいですね。


練習後にみんなで食事に行ったり、馬鹿話したり、

演奏以外の面でも、つかの間のバンド活動を満喫させていただきました。

 

追悼ライブの出演陣、DJ陣はパキオさんの友人、関係者ばかり。

結果的に旧高円寺20000V時代の先輩が多数いらっしゃり、

そういう方々の前でソロ演奏をさせていただいたのもすごく刺激的でした。

こういった機会を作ってくださったATOMIC FIRE BALLイタルさん、

DOOOMBOYS,WRENCHのムロチンさん、早川さんに感謝です。

そしてなんといってもこうした

素晴らしい人間関係を築いていたパキオさんの人徳に感服です。

パキオさん、本当にありがとうございます。

向こうに行ったらまた遊んでやってください。

 

 

そして、ライブ後は気持ちを切り替え、

先週末はセカンドアルバムに向けての2回目のレコーディング。

一泊二日で名古屋STUDIO ZENに行ってきました。

 

前回同様、エンジニアの岡崎さん(ETERNAL ELYSIUM)と
いろいろな話をしながらの2日間。


緊張と気負いからあまり深く寝れないまま早朝に地元を出発して、

午後に名古屋着し、23時までレコーディング。

その夜は岡崎邸で宿泊。

緊張が続き、その夜もあまり寝れなかったものの、

翌日も21時までミックス立ち合い。

深夜2時に帰宅し、翌日は朝から仕事・・・


なかなかにハードで、5日たった今日、
ようやく疲れが抜けてきたかな・・といった状態です。

 

こういうところに年齢を感じてしまうわけですが、

50にもなって、こうした刺激的な日々を過ごせるのは
本当に幸せなことだとも感じております。

芸術の素晴らしいところは年齢にかかわらず、
成長や発見が得られることだと思います。

今回の刺激も糧にしていきたく思います。

 

今回の遠征でレコーディング自体は
すべて完了し、ミックスもほぼ完了。


ここでいったん寝かせ、
10
月に最後のミックス、マスタリング立ち合いとして名古屋へ行きます。

その後はプレス、ジャケの手配を進め、

何とか年内には発表できるかな、という状況です。

 

年末~来年頭にはレコ発イベントなど行ってまいりますので、

そちらもよろしくお願いいたします。

 

 

さて、告知です。

 

8月はライブなし。

次回は9月となります。


 

盟友DAYBREAKによる、YARD END ROBINSONSレコ発

志木場所に参加させていただきます。

 

BURST YOUR NOISE vol.54

9/12(sat) 志木HOLE

 

DAYBREAK

SIFT

Table

Yard End Robinson’s

 

Open 17:30 start 18:00

1500円+1D

 

 

よろしくお願いします!




2026年6月24日水曜日

オーストラリアバスキング日記 2026 その3

 バスキング日記も3回目。最終回となります。



62日(火)

 

6時起床 坐禅

 

この日はあいにくの天気。

軽く雨が降り、冬の到来を感じさせる少し冷たい風が吹く。

 

雨は午後にかけてやむ予報だったので、

ホテルで簡単な昼食を済ませた後、バスキングに出かける。


 

市街地につくが、雨は降ったりやんだり。

まぁ、何とかなるかとパフォーマンス開始するも、

4曲くらい演奏したところで、雨脚が強まり、断念。

妻のドローイングもインクが雨で流れて不思議な仕上がりになっている。

(これはこれで面白い。)

 

短時間の演奏ながら、

雨の中で見てくださった方もいてありがたい。

撤収作業をしていると、その方が戻ってきて、

チップをくださった。

チップのための現金がなかったのでわざわざ作ってきてくれたらしい。

とてもうれしい。

 

前回記事に買きましたが、シドニーはキャッシュレス化が進んでおり、

現金を持たない人も多い。

その為、バスキングでのチップもいただきにくくなっているようだ。

対策として、QRコードを提示し、
WEB上でチップをいただくシステムを導入する人もいるらしいが、

何とも味気ないというか、粋じゃないというか・・・

あまり導入に前向きにはなれないかな。

 

雨宿りのため、地下街に退避し、

フラットホワイトをのみながら、
地下街を行くシドニーっ子たちを眺める。

 

少し雨が落ち着いてきたようなので、

バスキング再開するも、また雨で中断。

寒くもあり、雨の様子も読めないので、

この日はここまでとし、ホテルに帰る。

 

夕飯は市街の地下街で買ったタイムセールの中華弁当。

偶々店の前を歩いてタイムセールの存在を知りました。

味を占め、翌日も夕飯でも購入することに・・・

 

 

 

63日(水)

 

6時起床 坐禅

 

翌日は日本へのフライトなので、

この日がバスキング最終日となる。

 

AMに市街地に出てバスキング開始。

いつものタウンホール前にて。

 

昼は先日もいただいたおにぎり屋さんへ。

前回よりも店内がにぎわっている。

お客さんには白人女性が目立つ。

日本食ということでヘルシーという印象なのかな。

 

午後もQVB、タウンホール前と2回のバスキング。

これにて今回のバスキングは終了。

 

 


 

最後のバスキングを終えた際のベース。
連日のバスキングで渡豪前に塗った木製ピックガードの塗装がだいぶ剥げています。


54日(木)

 

帰国日です。

 

朝、いつものようにホテル近くの
ジプシーエスプレッソでフラットホワイト。

節約旅行でありながらも、結局毎朝ここでコーヒーをいただきました。

帰国したらこれが飲めないとなると寂しい。

 

9時、ホテルを出て空港へ。

そして昼前から9時間のフライト。

 

帰りも映画を見たり、軽く寝たり。

なんだか頭がいっぱいで、重い映画は見れず、

軽いアクションものなどを見る。


羽田から京急で車の止めてある駅まで移動。

電車に乗ると一気に日本に帰ってきた実感がわきます。良くも悪くも。

 

そして車で我が家のある名栗まで。

妻と旅の感想を語りあったり、

日本のコンビニおやつを堪能したりしながら。


そんなこんなで夜0時過ぎに帰宅しました。

 

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こうして終わった1週間のバスキング渡豪。

78日中、5日は路上でパフォーマンスしていたことになる。

よくやったもんだと達成感を感じつつも、

いろいろと想うところも出てくる。

 

インスタの方で書きましたが、

私が自作曲を演奏し、
横で妻がフリードローイングを行うという我々のパフォーマンスは、

決して一般受けするものではないと自覚している。

なので、バスキングでの「成功」と言われるような

人だかりとか、大量のチップというのとは程遠い。

 

ですが、やっていることには自信を持ち、

いうなれば「路傍の花」といった気持ちでやっている。

どこかから聞こえてくる音楽に和んでもらったり、

ふと見かけた絵に感じ入ってもらったりしてもらえたりしたら万々歳だ。

 

そしてそういう意味では今回の遠征で目標は達成できたように思う。

というか、集客(人だかり)、お金(チップ)を目標にしていない以上、

今回の状態で完璧に成功しているのだ。

 

人によってはこの態度を「逃げ」「言い訳」と感じるかもしれない。

でも、そもそも人はなぜ表現をするのだろう。

お金、人気が尺度として幅を利かせすぎな世の中は不毛じゃないかな。

芸術とはそんな尺度が生まれる前に存在しているものだと思う。

路傍の花のように誰かの心を動かせればそれ以上の評価は本来無い。

 

ちょっと飛躍しちゃいましたが、

そんなわけで、いったんバスキングという表現形態から
距離を置いてもいいかもな・・とか思ったりもしています。

まぁ、これも今の気持ちでしかないので、

またすぐにでもバスキングするかもしれませんがね。


 

 

あ、これもインスタに書いたのですが、

バスキングしたり、街ゆく人たちを眺める中で、

シドニーっ子のロック(メタル)シャツ比率を確認するのを、

個人的に楽しんでおりました。

以下はその統計発表です。

 

METALLICA  2
DEATH   2
KORN  2
MEGADETH  1
SLAYER   1
LINKIN PARK  1
NIRVANA    1
ALICE IN CHAINS  1
MADBALL   1人(!)
TWISTED SISTER  1人(!!)

 

アメリカのバンドばかりですね。

意外とAC/DCが見当たらない。

また、日本と違って、DEATHの人気が高いのも興味深かったです。


私もDEATHのシャツを着て行ってたのですが、
バスキング中にシャツを指さしてサムズアップする人もいました。

あ、私のDEATHシャツを加算すると、

DEATHが一位ということになるか。


まぁ、どうでもいい統計ですけどね。





2026年6月17日水曜日

オーストラリアバスキング日記 2026 その2

 

531日 (日)

 

5時起床。坐禅。

 

日曜ということ、
また、翌月曜はバスキング無しのオフ日と決めていたこともあり、

この日は4ステージ(?)のバスキングをしてきました。

 

AMに街に出て、

まずは去年もやったQVB(クイーンビクトリアビル)の銅像前でバスキング。


 

昨年来たときは、たいていバスカーがいる人気スポットだったのですが、

今回はあまり人がいない。

凄くいいシチュエーションであり、石壁をバックに演奏できるので、

モニタリングの面でもやりやすい場所でして、
バスカーとの場所争いなくやれるのはありがたい。

 

やってみて、今回バスカーが少ない理由が少しわかりました。

5月となると南半球のオーストラリアは初冬。

この季節、QVB前は日当たりが少なく、結構寒いんですね・・・

少し鼻を垂らしながら演奏しました。

 

近くの商業施設地下フードコートでピザを昼食し、

午後は全日同様、市役所近辺で計3回のパフォーマンス。



1回約1時間なのでAMと合わせて4時間演奏していたことになる。

へとへとです。

最後は手が攣ってしまうくらい。

 

ありがたいことに待ちゆく人から声をかけていただいたり、

チップをいただいたり。

 

暗くなり始めるころにホテルに戻り、

スーパーで買ったレンジアップの照り焼き丼で夕食。

 

 

61日(月)

 

6時起床、坐禅

 

前述の通り、この日はオフ日。

 

昼前くらいに街に出る。

昼食の前に少し時間が余ったので、

駅近くにある紀伊国屋書店をのぞく。

日本の紀伊国屋がシドニーでも出店しているのだ。

 

当然のことながら洋書だらけで、そうそう読めるものでもないのだが、

装丁の豪華さ、デザイン性が平均的に日本のものよりも高く、

見ていて楽しい。

「方丈記」の英訳本などを見かけ、興味をひかれたが、

高額なこともあり、購入には至らず。

 

その後、昼食。

日本風のおにぎり屋さんがあり、
価格帯もまずまずだったので、そこでいただく。


 

おにぎり2個とスープ(魚だし)、抹茶のセット。

米は日本のものを使っており、
この日は山形はえぬき。(店内にその日の使用米が掲示されている。)

思った以上にちゃんとしていておいしかったです。

ただ、抹茶はオージーサイズなので、おなかガボガボ・・・

 

昼食後は昨年も訪問したシドニーの老舗レコード店「REDEYE」を覗く。



このお店、そこそこの大型店なのに、

凄く音楽愛を感じるお店でして、
ていねいかつ、マメな店作りにわくわくする。

オーストラリア、ニュージーランドの
ミュージシャンコーナーも充実していたりと

地元推しなところも印象がいい。

 

いくつかほしいものがあったのですが、

帰国のことを考えるとレコードはかさばるし、

価格帯も新品で69ドル(8000円強)と日本よりも高額なので断念。

後ろ髪をひかれながら店を出る。

 

近傍の地元書店にも立ち寄る。

先述の紀伊国屋と違い、現地の書店。

REDEYEもそうだが、繁華街にありながらも

チェーン店ではない個人店も軒を連ねていて素敵だ。

 

そんな感じに気になる店を覗きながら街を歩く。

シドニーは古風なレンガ、石造りの建物が多く残っており、

それらが現代的な建物と同居している。

デパートのような建物もすごく歴史のある建物だったりするので、

ふと見上げるとガーゴイルやステンドグラスが目に入ったりする。

 

QVBの壁を見上げたところ。細工が美しい。
ここが商業施設という事実もすごい。


森有正さんが海外(西洋)では名所、観光地というのが

日本に比べて明確な線引きがなされてなく、

日常の中に存在しているといったことを書いていましたが、

それを実感します。

街の中を歩くだけで十分に観光になる。

 

先述のQVBもその最たるものでして、

1898年に建てられた歴史的建造物が大型商業施設になっている。

歴史的建造物でありながら、中には多数の店舗が入っており、

実にうまくまとまっていて、美しい。

映画の中に迷い込んだかのような気持ちになる。



 写真はシドニー観光サイトから


そんなQVB内のコーヒー店「METROPOLE」でフラットホワイトをいただく。

コーヒーがおいしいことで有名なシドニーでも人気店とされ、

旅行YOUTUBERに紹介されることもある名店です。

 

テイクアウトさせていただくこととし、その旨を店員さんに言うと、

名前を尋ねられる。少し困惑しつつ名前を伝え、店頭で待つ。

そして出来上がると、店員さんが「シン」と呼びつつ、持ってきてくれる。

 

こうした感じも日本人的にはいい意味での違和感があったりする。

先進国オーストラリアは合理化の進んでいる面もあり、

例えば、現金を持ち歩かずとも大半の店、公共施設で

クレジットカードによるタッチ決済が可能だ。

でも、接客の場面では日本で見られるような
タッチパネルでの注文などは少なく、

また、細かいことですが、ちょっとしたパンをあっためるなども、

電子レンジではなく、わざわざあぶってくれる。

METROPOLEのようなお客さんであふれる人気店であっても。

 

日本とは「大事にしているところ」が違うんだろうな。

どっちがいいとかではなく。

 

こうした細かい文化の違いは

現地に赴かなくては感じられない。

よく、「自国の良し悪しは外に出ないと気づきにくい」といったことを聞くが、

それを実感しました。

 

 

休憩後、ハイドパークという大きな公園を抜け、

セントメアリ―大聖堂へ。


カトリックの中心地ともいうべき聖堂でして、

オーストラリア最初のカトリック聖堂とのこと。

 

巨大なゴシック建築に圧倒されます。

中に入ってみると、

ちょうど祈祷の時間らしく、信者がずらっと着席していて、

外界と隔絶された静謐な空気が流れている。

私はカトリック信者ではありませんが、

思わず涙が出そうになる。

 

日本の神社仏閣は比較的開放的なつくりであり、

外界(土地、自然)と調和しつつ完成されているように思います。

対して、外界を遮断して異界空間を作り上げる西洋の聖堂。


 

「信仰」「文化」「人」「歴史」・・・

その違いによる到達点の差異みたいなものを考える。

 


そこからホテルまで、2駅分を歩いて帰りました。

その風景に都度、文化の違いを感じながら。

 

 

ホテルに戻る道すがら、

アジアンフードの店で夕飯として生春巻きを購入。

西洋的な文化に身をひたしていても

結局、食は東洋を求めてしまう。

文化というのはこうやって体に染みついているものなのだろう。


 

バスキングを目的とした渡豪ですので、

街並みを見たり、観光したりというのは自然と少なくなるのですが、

こうして観光してみると、いろいろなことに気づかされます。

今まであまり重視していませんでしたが、

観光旅行の良さ、意義を実感しました。

 

 

続く