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2023年11月9日木曜日

ライブ拝聴記 蛯名宇摩さん

 

先週末、隣町の原市場で蛯名宇摩さんのライブをみてきた。

 

蛯名さんは奄美大島のヒッピーコミューンに生まれ、

15歳で和太鼓を学ぶために上京。

たまたま触れた高橋竹山さんの津軽三味線の音色に惹かれてその道に進み、

その後、民謡、尺八、竪琴、蛇味線などを習得するとともに、

各地の民謡を学ぶ。

原発事故を機にそれまで住んでいた福島から岡山に移住し、

現在は岡山を拠点に活動なさっています。

 

ちなみにこんなすごい経歴ながら、

私より年下。

世の中、いろんな人がいるものです。

 

私は以前にこの動画をみて津軽三味線に興味を持ちました。


以降、高橋竹山さんのCDを聴いたり、

一時は習ってみたくて先生を探したりもしたのですが、

その後、コロナ禍となり、その熱も冷めてしまった経緯があります。


三味線、特に津軽三味線にはベース(フレットレスベース)との共通点が多い。

グリスを多用する奏法はミックカーンのようだし、

バチで激しく弾く様子はスラップ奏法のようだ。

また、三味線にはフレットがないので、

確実な音程を確保しながら弾くためにはしっかりと押弦する必要があり、

津軽三味線奏者は左手指の爪が弦の形に削れてしまうそうだ。

その辺もフレットレスベースとの共通点を感じて興味深い。


また、文化面でも、盲人の生活の糧であったという歴史が

デルタブルース、戦前ブルースと共通していて面白い。


そんな思いから、一度ライブで見てみたいと思っていました。

そんな中、地元の喫茶店にて常連さんから

たまたま今回のライブの情報をいただき、

見に行ってきた次第。

 

 

会場は普段はナチュラル食材販売や市場などが開かれる古民家。

ライブは約2時間。

中間に15分の休憩が入り、その間、主催者さんのご準備なさった

ハーブティーやお菓子をいただくという、なんともアットホームな雰囲気。

 

ライブ前半は主に日本各地の民謡を聴かせていただく。

全然なじみがなかったのですが、これが面白い。

同じ南国でも沖縄と奄美では全然雰囲気が違ったり、

京都の部落民謡では少しブルースに近い音使いを感じる。

(解析したわけじゃないので、あくまでも感覚ですが。)

こうした民俗学的な面白さを味わうとともに、

これら民謡の謡い手がどんどん失われて行っているという事実に少し暗然ともする。

 

後半は蛯名さんのオリジナル曲なども交えたセット。

これがまたすごい。

関東大震災時の韓国人虐殺や、原発問題といった社会的な内容を

三味線弾き語りという形で謡い上げる。

このくらいの時点では奏法を勉強しようとか、

民俗学的な興味などは薄れ、

ただただ演奏に引き込まれる。

 

彼女は民謡という年配者になじみのある様式に乗せて

こういった社会問題や目をそらしがちな問題を聴衆に問いかける。

すごくロックでパンクな姿勢だ。

酔っぱらって騒ぐことをパンクだと思っている自称パンクは足元にも及ばない。

そんな蛯名さんの姿勢と突き刺さる謡に涙が出る。

 

 

聴衆は地元のご年配がメインで、

私などは若い部類かと思う。

そんな年配の皆さんはネット、SNSとは離れた生活を送っている。

だからだろうか。すごく純粋に演奏を楽しんでいらっしゃる印象を受けた。

 

曲間の蛯名さんの説明によると、

津軽三味線のルーツは新潟の「ごぜ」にあるらしい。

「ごぜ」は「瞽女」と書き、盲人女性を意味します。

新潟上越地方には盲人女性が寄り合い、三味線、民謡を生業とするコミューンがあり、

それを「ごぜ」と呼んだそうだ。

 

ごぜさんたちは季節ごとに近隣の村々を回り、

演奏を聴かせ、生活の糧を得る。

娯楽の少ない時代、各村々はごぜさんを待ち望み、

ごぜさんが来ると、演奏会場に村中の人が押し掛けたという。

音楽を聴く、見るというのは貴重な行為だったのだ。

 

平成の頭ころに最後のごぜさんが他界し、

ごぜさんの文化はすでに失われてしまっているのですが、

ごぜさんを楽しんでいた昔の人たちは、

きっと今回会場にいらっしゃったご年配のように、

まっすぐに音楽を楽しんでいたのだろう。


音楽というのは本当はこうして楽しむものなのかと思う。

私のように奏法だの、歴史だのと頭でこねくったりしてしまうのは邪道だろう。

 

世の中は変わり、

音楽は近く、安く、軽くなった。

その有難さを享受していますし、楽しんでもいますが、

やっぱり私は遠くても高くても、重い音楽を聴きたいし、

聴くべきだなと感じました。


そんな2時間のライブ。

本当に行ってよかったです。

 

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さて、告知です。

11月のライブはこちらです。


DAYBREAKの秋の名物企画。

いよいよ来週末です。


そして来月はこちら。

ベリコンの忘年会。


そしてこの翌週の12月9日には

地元名栗のクリスマスコンサートに出演させていただきます。

こちらの詳細は後日アップさせていただきます。


よろしくお願いします。

2023年4月25日火曜日

生越~茅ヶ崎~辻堂

 ライブ拝聴記

2023年4月20日 生越 山猫軒

 

先週の木曜日、仕事を休んで昼間のライブに行ってきた。

 

家から山を二つ超えた、生越にある山猫軒で

尊敬する井野信義さんのライブ。

今回はピアノ 高瀬アキさん、サックス 早坂紗知さん、

ベース 井野さんというトリオ編成。

 

井野さんはフリー演奏で有名ですが、

今回はJAZZ的な構成の曲が多く、

メインテーマの後、各人のソロを経て再びメインテーマに戻るという形態。


JAZZ的と上述しましたが、

各人のソロはかなりフリー度が高く、

メインテーマを忘れてしまいそうになるくらいぶっ壊す。

 

バラバラになったかと思うと、

最後はバッチリのタイミングで3人でのメインテーマに移る。

この辺の息の合い方もちょっと信じられない感じでした。

継続的なバンドではないので、

おそらく事前にスタジオに入ったのもわずかでしょうに・・・

 

 

ソロの時、他のメンバーはバッキングに回ることはまれで、

基本的に演奏をやめてソロイストに任せたり、

同時進行でフリー演奏をなさるのだが、

演奏をしていないメンバーは適当にステージに置いてあるパーカスを

いじくって音を出したりする。

明確にリズムを鳴らすばかりではなく、

「遊び」「ハプニング」っぽく入れることもある。

ソロを取っている方はそれを無視したり、リズムに寄せてみたり、

自由に演奏を続ける。

 

これです。

こういうところが私には届かない境地だ。

 

ロックだったらありえない状態かと思います。

ソロ中に他のメンバーが適当に演奏に干渉するなんて。

喧嘩になりかねない。

俺の見せ場を邪魔するな、的に。

 

だが、彼らは違う。何かを表現しよう、魅せようとしているのではなく、

息をするように演奏をしている。

なので、そこにどんな音が混じってこようが気にしない。

そしてそれが結果的に素晴らしい表現になるのです。

そんな様子を見ていて打ちひしがれる。

 

最後の曲、井野さんと高瀬さんが80年代頭に

ドイツのジャズフェスに出演したころに合わせていたという曲を演奏なさる。

(すみません。不勉強にて元曲がわかりません。)

 

上述の通り、フリー度の高いソロが繰り広げられた末にメインテーマに戻る。

このメインテーマの演奏がすごかった。

メインテーマにもかかわらず、壊し気味に弾く高瀬さんのピアノがすごすぎて

涙が出ました。

最初に弾いたメインテーマと使っている音は変わらない(はず)。

でも、感情のこもり方が違う。

 

この日のお二人の演奏は、おそらく当時の演奏とは全く違う演奏でしょう。

年輪を重ねた末の今の演奏なのだと思います。

音楽は奏者とともに生き続けていて、成長していく。

 

一緒に見ていた妻も高瀬さんのピアノにノックアウトされ、

終演後にCDを購入していた。

普段JAZZを聴かないのに。

井野さんもそうだが、ステージを降りると普通のご年配に戻る。

気さくに妻と会話する高瀬さんをみていると、さっきの演奏が嘘のようだ。

 

ここのところ、仕事が忙しく、

休みを取ってライブに行くことに少し抵抗があったのですが、

行ってよかった。


日本のフリージャズ黎明期を担ってきた達人たちは

もう皆さん老齢だ。まだまだ勉強させていただきたい。

今後もライブを見に行こうと思う。

 

 

ライブ日記

2023年4月23日 茅ヶ崎ウタパンパン

からの 辻堂 トニーノ

 

そして、一昨日(4月23日)は

急遽参加することになったライブにて茅ヶ崎へ出張。

 

神奈川での久々のライブということで、

大磯在住の学生時代の友人や、ベリコン(ベリタスコンク75)の新見夫妻、

フリーキーマシーン、チャッカーズのケンゴさん、

おなじくチャッカーズのユウさんが見に来てくれた。

 

前回のライブはお寺でしたので、

不穏な曲は控えましたが、

今回はDEATHのカバーを含む5曲を演奏。

お寺でDEATHというわけにもいきませんので。

 

このカバー、かなりアレンジしているので元曲とはかけ離れているのですが、

DAYBREAKコウスケ君が元曲を言い当てる。

さすがDEATH黒帯。

 

私は1番手でしたので、自身の演奏後は他出演者さんの演奏を見たり、

来て下さったお客さんや共演者と会話して過ごすが、

終演を待たずに店を後にさせていただく。

実は夕方から隣町の辻堂にてケンゴさんが弾き語りをするということなのだ。

 

場所はおしゃれなピザ屋さん。

なんでも3周年パーティとのことで、店の周辺は大盛り上がり。

「横浜」な不良な人たちがあふれかえっている。

老若男女問わず、だれもが笑顔でいい雰囲気。

 

こういう場では委縮してしまう私も、

あまりにも開放的な雰囲気に意外とすんなりなじめた(気がする)。

 

そしてケンゴさんのライブ。

弾き語りとはいえ、ケンゴさんのアコギ+歌の他、

スライドギター、アコギ(リードギター)、カホン、パーカス(鳴り物)と、

なかなかの大所帯でケンゴワールド全開。

 

ライブ、素晴らしかった。

ケンゴさんの歌は独特な深みがある。

肩の力が抜けていながらも、芯の強さを感じる歌だ。

チャッカーズの曲メインのセットでしたので、

歌詞のテーマはアレなのですが、それにもかかわらず、グッとくる。

 

フリーキーマシーンは旧20000ボルト時代からの先輩。

なので、ケンゴさんの歌も25年以上前から知っている。

昔は今と違い、力みがちな印象で、それも魅力的ではあったが、

いまはご自身のスタイルが明確になってオリジナルなケンゴ節がすごく染みます。


 

私もBucket-Tのころはボーカルもやっていたが、

うまく歌えず、悩み続けた。

ele-phant、ABNORMALSではコミさんと組んでいたので、

彼の歌、すごさに触れるにつけ、さらにボーカルへの思いは遠ざかり、

今はやめてしまっている。

 

 

森有正さんの経験論ではないが、

人は年輪のようなもので出来ていると思う。


どんなことでも継続は難しい。

でもとにかく継続していれば年輪は増していき、幹は太くなっていく。

そして、自分ならではの木になっていくのだろう。

 

あのまま続けていたら自分の歌も何らかの形にたどりつけたのかな・・・

そんなことを思った。







2022年10月17日月曜日

チルギルチンと山猫音楽会を見に行った話。

 

先週金曜、

トゥバ共和国から来たチルギルチンというグループの

ライブを見に行ってきました。

 


トゥバと言っても全然なじみが無いかと思います。

モンゴルの北西に位置するロシア連邦の中の小国です。

 

チルギルチンはトゥバの有名な4人組バンドで、

ホーミー(ホーメイ)を多用するトゥバの伝統音楽を演奏します。

 

以前の記事でモンゴル音楽への興味について書かせていただきましたが、

今回、妻がSNSからライブ情報を知り、喜び勇んで

二人で見に行ってきた次第。

 

会場は所沢のMOJOというライブカフェバー。

少し面白いつくりのお店で、

狭い空間を広く使って店内がレイアウトされており、

バーカウンターとステージが横に広くて開放的な印象。


ドリンクや料理も各種あり、

いずれも適当な有り合わせじゃない感じに好感を持ちました。

オープンマイクもやっているそうなので、いつか参加させていただきたい。

 


さて、チルギルチン。

まず、ホーメイのすごさにぶっ飛びます。

人はこんなことまでできるのか、と単純に驚く。

 

そして曲も素晴らしい。

基本的に2~3本程度の弦が張られたギター、バンジョー大の弦楽器を

弓、爪で弾きながら、曲によっては打楽器を交え、

そこに歌唱が乗る。

ホーメイに限らず、力強い歌唱が心を打ちます。

 

打楽器は非常にシンプル。

カウベル状のものや、鈴、カスタネット状のものを鳴らす。

カスタネット状の楽器は馬の蹄を加工したものらしい。

 

緩やかでスケールの大きい音楽。

聞いていると行ったことも見たことも無いのにトゥバの風景が浮かぶ。

音楽って本当にすごい。

 

先述の通り、彼らはロシア国籍だ。

彼らのあずかり知らぬところで、彼らの国は大変なことになっており、

今回のツアーでも国境封鎖にて出国できない可能性があったそうだ。

ツアー後に帰っても国に入れるのかどうかといった懸念があるとのこと。

そんな中、素晴らしい音楽を見せていただいて本当にありがたいです。

 

最後の曲前、MCで彼らから今回のツアー、お客さんへの感謝の言葉とともに、

今後の幸せを祈願する言葉をいただく。

もったいない。

こちらこそ本当にありがとうとともに、今後のご繁栄を祈ります。

早くつまらない戦争が終結しますように。

そしてまた日本に来ていただきたい。

何度でも聞きたいし、見たい。

そしていろんな人に見てもらいたい。

 

 

そして、昨日の日曜は、

ここのところ何度か拝見させていただいている

井野信義さんがいらっしゃるということで、

ウチから一山超えた生越というところにある、

山猫軒というギャラリーカフェにフリー演奏のライブを見に行ってきました。

 

山猫軒は写真家でもある南達雄さんがご自身で建てられたログハウスでして、

生越の街を抜けた山の中にある。

今までに昼食やお茶に伺ったことはありますが、

夜行くのは初めて。

 

真っ暗な山道を抜けて山猫軒が見えてくると、

本当に「注文の多い料理店」のようだ。


 

以前の記事でも少し書きましたが、

南さんは写真家として故 高柳昌行さんの写真を多数取っておられ、

一時期は専属カメラマンとしてライブに帯同なさっていたとのこと。

井野さんも高柳バンドの元メンバーでもあり、

その縁から山猫軒の建設作業にも参加なさっていたとのことで、

お二人は旧知の友人関係。

すごくリラックスしたムードでの演奏となりました。

 

ピアノの山口コーイチさん、コントラバスの不破大輔さん、

そして同じくコントラバスの井野さんのトリオ演奏。


皆さん本当にすごい音楽家で、演奏が始まるとどんどん引き込まれる。

 

フリー演奏なので、いわゆる「曲」として聴くのではなく、

全体を「感じる」。

山猫軒の雰囲気、山の空気、演奏の合間に聞こえる虫の声、

すべてが混ざり合って完全になる。

 

御三方はそれぞれが出した音にそれぞれが反応してまた音を生み、

それが世界を作っていく。

自身の音が即他者の音であり、他者の音が即自分の音。

言葉にすると矛盾になってしまう

そんな音楽。

 

色即是空空即是色

論理を超えているので、ことばで形容ができない。

ただただ圧巻でした。


 

終演後、勇気を出して井野さんにご挨拶。

横で聞いてた妻から、緊張しすぎてすごく早口だったと指摘される。

いい歳してちょっと情けないが、大先輩の前ですので仕方ない。


 

そんな幸せな音楽体験を2晩させていただき、

いよいよ来週は自分の演奏です。


 

こうしてすごい音楽を見聴きすると、

自分に不安と疑問が浮かんだりもしますが、

まぁ考えるだけ無駄だろう。

しっかりと丁寧に自分の音楽を紡いでいくしかない。

 

 

 



 

 

2022年8月15日月曜日

ライブ拝聴記 2022年8月12日 入谷なってるハウス TRYANGLE

 

先週末、井野信義さん、山崎比呂氏さんによる、

フリーユニット TRYANGLEのライブを見に行ってきました。

先月に続いて2回目の拝聴。

 

同ユニットはお二人の他に毎度ゲストプレーヤーが1名入り、

名前の通り、3人での即興、JAZZを演奏なさる形になっており、

今回はピアニストの安田扶充央さんを交えての演奏。

 

安田さんは高柳昌行さんのANGRY WAVESでも活動なされていた方ですので、

今回の御三方はみなさん高柳バンドの経験者ということになる。

 

2部構成で、第1部は完全なフリー、

第2部はフリー色の強いJAZZ曲の演奏となりました。

(不勉強で曲名がわかりません・・・)

 

先月同様、衝撃を受けつつ、いろいろと勉強させていただきました。

 

今回、思ったのは演奏の「彩度」とでもいう感覚についてです。


ロックあがりの私のような演奏者にとって、

しっかりとわかりやすい音を出すというのは、ある種美徳と言いますか、

「いいこと」としてインプットされています。

 

絵画に例えるならば、しっかりと筆に絵具を取って、

グッと線を書くような演奏。

共演者(バンドメンバー)、お客さん、自分、その場のだれにとっても、

「わかりやすい」というのは重要なことだ。

 

だが、井野さんの演奏には

ごく小音量で音程のはっきりしない音も頻繁に出てくる。

パッと見(パッと聴き)、「何をやっているのかわからない」演奏です。

ですが、これが重なっていくと、不思議な空間、雰囲気を生んでいくのです。

 

うっすらと絵具を取り、優しいタッチで少しづつ絵具をのせていくような。

だんだん表情が見えてくる。

 

フリーゆえの演奏であり、

ロック、ポップスには向かない、と言えばそれまでかもしれませんが、

自分の音楽にもこういった要素を入れ、

彩度の幅が広い音楽ができないものか。

そんなことを思いながら、帰路の電車に揺られました。


このユニットでライブ録音なさったとのことで、

CDも買わせていただきました。

CDで聴くのもいいですが、やっぱりライブですね。

また見に行きます。