2023年8月9日水曜日

BPM212を超えろ!

 

以前の記事で書きましたが、

誰しも「やってみたいけど後回しになってきたこと」や、

「いつかできるようになりたいけど

手つかずになっているようなこと」はいくつかあるんじゃないでしょうか。

 

私にとって、その中の一つが「読譜」でして、

現在勉強中です。

中年脳みそは物覚えが悪く、

自分にうんざりするばかりですが・・・


 

もう一つ「いつか達成したいこと」に着手しました。

それはダウンピッキングです。

 

ベースでダウンピッキングの名手といえば、

ディーディーラモーン(RAMONES)、松井常松(BOOWY)、

ジェイソンニューステッド(METALLICA)といったところでしょうか。

ですが、私がやりたいのはいわゆる「ベースでのダウンピッキング」ではなく

メタルギターで見られるような、

ブリッジミュートをしながらの高速ダウンピッキングです。

私のベース演奏はギター寄りな弾き方が多いので、

ギタリストのダウンピッキングがやれるようになりたいのだ。

 

メタルギターでダウンと言ったら、

10人中10人がMETALLICAの”MASTER OF PUPPETS”を

思い浮かべるんじゃないでしょうか。

 

この曲でのジェイムズのダウンピッキングは本当に迫力がある。

BPM212あたりのスピードで延々続けるダウンピッキングは、

ある意味、発明的なメタルギター奏法であり、

エポックメイキングな演奏だったのではないかと思います。

 

若いころのジェイムズはライブとなるとさらに加速する。

手元にある1986年のブートを確認してみたところ、

曲中でリズムは揺れるものの、最速でBPM235となっていた。

さすがにスタジオ録音と比べると荒いが、

なんだか、噛みついてくるような演奏だ。

 

最近のライブではさすがに少しピッキングを減らすなどしているようですが、

それはそれで老獪でいい。


プロレスでいうと、がむしゃらなパワーボムでG1初優勝した蝶野も好きだが、

膝が曲がらない状態での小橋と名勝負した蝶野も好きというかんじですね。

 


少し話がずれました。

 

私の目標は、そんな”MASTER OF PUPPETS”のギターパートを

原曲より速くベースで弾けるようになる、というものです。

 

MASTER OF PUPPETS”の呪縛は私が大学1年生の時にさかのぼります。

 

私は高校時代にギターを初めましたが、

音楽趣味が深まるとともに徐々に低音の魅力にひかれ、

高校卒業のころにはベースへの強いあこがれを持っていました。

 

そして大学に進学し、音楽サークルで同級生のギタリストに出会いました。

今では音楽をやめてしまった彼ですが、

音楽の趣味も近く、意気投合し、いまでも友達です。

彼は当たり前のように”MASTER OF PUPPETS”をダウンのみで弾くことができました。

しかもニヤニヤしながら、原曲よりも早く弾いて見せることもあった。

 

この出会いは私がベースに転向するきっかけの一つにもなりました。

先述の通り、ベースをやってみたいという思いが高まっていたというのが強いですが、

同級生にこんなすごいギタリストがいるなら・・・

なんていう思いもあったわけです。

 

そんな負け犬根性を清算する意味もあって、

いつか”MASTER OF PUPPETS”ダウンピッキングを達成したいと思っていました。

しかもベースで。

 

そんなわけで、練習を重ねています。

日中は暑いので、早朝に練習。

早朝にリズムマシンに合わせて、連続でマスター、マスターな47歳。

なかなかに異様な光景。

 

最初はBPM170でヒイヒイ言っていましたが、

現在はぎりぎり200は行けるかな、といったところ。

今後も練習を続けてまいります。

 

まぁ、自身の音楽でこの技術を使う機会はおそらく無いとは思いますが・・・

 

 

さて、久々に動画を撮ってみました。

ダウンピッキングではなく、通常の自曲の演奏動画です。

ボウイング導入、フレットレスにしてから初の動画となります。

 

1stアルバムに収録した”EARWIG”の現在の状態と、

先日のライブで披露させていただいた

DEATHのカバー(というか曲の一部を大きくアレンジした編曲)の”CRYSTAL MOUNTAIN”の2曲です。





よろしければご覧ください。




 

2023年7月19日水曜日

ナガメ

 

山の中に引っ越してきてから、

小さいながらも庭に畑を作っています。

 

以前、高尾に住んでいた時も

小さな畑をやってはいたのですが、

少しスケールアップし、家庭菜園以上畑以下という感じのサイズでやっています。

 

冬の間に雑草を抜いて、土を耕し、

鹿、猿が多いので、一応柵なんかもつけて、

春前くらいからいくつかの野菜を植えている。

 

夏が近づくにつれて、たくさんのお客さん(虫)がやってくる。

アオムシ、夜盗虫、毛虫、絵描き虫、バッタなどなど。

そしてここ最近、大量に増えてきたのが、

ナガメというカメムシ。

 

菜っ葉を食べることから、ナガメというらしく、

ぱっと見、毒虫かと思わせる、赤と黒のド派手な見た目。

中邑真輔みたいだ。

 

畑を荒らす虫としては結構ポピュラーらしく、

WEB上で「畑を荒らす虫のワースト1」に挙げている方を見かけたくらい厄介な虫。

木酢液やら自家製虫よけ液なども試してみましたが、全然効かない。

私は使いませんが、農薬の類でも効き目があるものは少ないそうです。

 

畑に行くと、大量に見つかる。

交尾中のものも結構いたりして、増える気まんまん。

よっぽどうちの畑は暮らしやすいのでしょう。

一応こちらの存在に気付くと、葉の後ろに隠れようとしたりするのですが、

そのバレバレっぷりもなんか腹立たしい。

 

一般的な対策は「捕まえて圧殺」という

なんともボルトスロワーなもののようなのですが、

殺してしまう、というのはなんか違う気がする。

なので、デコピンで葉っぱから落としたりするのですが、

まぁ、そんなことで減ってくれるはずもなく、増える一方。

大根、小松菜、のらぼう菜、ブロッコリーはどれも丸坊主だ。

 

忌々しさの中で、ふと思う。

 

そもそも、ナガメが大量に沸いた原因は彼らにあるわけではない。

私が畑を作り、昨年まではなかった彼らの好物の野菜を植えたことによる。

私が植えた野菜群がナガメを呼び、増やしたのだ。

いうなれば、私がナガメを増やしたということになる。

 

彼らが異常なのではない。

私が異常を作ったのだ。

そう思ったら、まぁ仕方ないという気持ちになった。

というか私の腹立ちはお門違いだ。

 

自然農的な考え方で行けば、

こうしてナガメと共存しているうちに、

ナガメが増えたように、今度はナガメの天敵がふえていくことで

少しずつ状況は改善されていくだろう。

 

この「少しずつ」は年単位の話なので、

なんとも悠長な話ではあるのですが、

こういう考え方を持つためにやってる畑だったりもする。

学びの機会をくれたナガメに感謝しつつ、気長にやっていきます。




2023年7月11日火曜日

挑戦

 

以前の記事で書きました、エレキベースでの弓弾きの導入、

前回記事で書いたフレットレスベースの導入と、

新しいことへの挑戦を進めており、

そんなわけで今まで以上に熱心に練習を重ねております。

 

なにかを習得するには、完全に下り坂な年齢ではありますが、

練習を重ねていくと少しずつは上達していけるものです。

楽器に限った話ではありませんが、

継続は自分発信でしか続かないので、

今後も楽しみながら継続していきます。

 

 

上記の弓弾き、フレットレスの他、

実はもう一つ、挑戦(勉強)をしているものがあります。

それは読譜です。

 

実は20代の頭くらいに一度読譜を勉強したことがあります。

当時、JAZZFUSIONに興味を持ち始め、

そっち系のベーシストはたいてい読譜ができることから、

読譜にも興味を持った。

読譜出来たらこんなすごい演奏できたり、曲が書けるのかと

変な幻想を持っていました。

 

また、当時は出先で思いついた曲のアイデアを残す手段がありませんでした。

今でこそスマホにレコーダーやDTMソフトが普通に入っていますので、

出先でも何らかの形でアイデアを残しておけますが、

当時は低機能な携帯電話しかない時代。

なので、携帯で自宅に電話をかけ、

留守番電話にアイデアを残したりとか回りくどいことをしていましたが、

そういう時、楽譜で残せれば便利だな、なんて思い、

読譜勉強に着手した次第。

 

ですが、難しくてすぐに挫折・・・


 

以降、「いつか読めるようになりたい」という思いが心の隅に残っており、

この度、ついに勉強を再開してみた。

 

具体的な勉強法としては、

仕事での電車移動中はスマホアプリでの勉強、

また、自宅ではコントラバスの教則本を弾いてみている。

フレットレスに慣れる練習にもなる。

 

とまぁ偉そうに書いたものの、

まだまだ全然読めない・・・

読めないながらも、先述の話ではないが、

少しずつは上達してくるものです。

このまま続けていって、いつか自分の曲を楽譜に落とし込めるくらいの

読譜能力を目標にしています。

 

 

誰だったか忘れてしまいましたが、海外のスタジオ系ベーシストが、

「楽譜が読めるべきだと思いますか?」との質問に対し

「人は文字を読めるべきだと思いますか?」と返していたのを読んだことがある。

 

楽譜は文字と同様に作者の思いを作者本人が残すことができる。

モーツァルトの描いた世界も、伊福部昭の描いた世界も、

作曲者たちの意志を、書き残されたそのままの形で読むことができるのだ。

演奏者の違い、録音環境、録音時代の違いなどが味をつけてしまう前の、

素の状態の曲がそこにある。

 

これって、本当にすごいことだと思う。

以前、木田元さんの本で、

アリストテレスの思想が翻訳を通じて世界に流通される過程で、

誤訳がそのままに浸透していってしまったという例を読んだことがある。

 

本当は本を読むにも、作者の書いた言語をそのままに読むのが理想的だ。

だが、そのためには各種言語を使えるようにならなければならず、

ちょっと現実的ではない。

どうしても翻訳本を読むしかないが、

それらは言葉の壁で微細なニュアンスが削られ、

翻訳者による意図せぬ色付けがなされている。

 

楽譜にはそれが無い。

世界共通なのだ。

 

楽譜の絶対視には危険もあると思う。

西洋音楽から生まれたフォーマットである楽譜に

落とし込むことのできない音楽もたくさん存在するし、

強引に落とし込むことで、言語ほどではないにしても誤訳もあり得るだろう。

でも、そんなことを考えるのは全然先の話し。

まずは読譜ができるようになってから考えていくことにしょう。

 

 

なんか、勢いでいろんなことに挑戦をしはじめてしまってます。

そういう時期なのかな。よくわからないけど。

 

ちなみにいい機会(?)なので、

読譜のように、やりたい、できるようになりたいと思っていながら、

踏み出せていないことをリストアップしてみた。

 

ちょっと恥ずかしいので、ここには書きませんが、

意外とズラっと出てくるものです。

たまにはリストを見直して、少しずつでも踏み出していこうと思います。

 

  

2023年6月19日月曜日

やってもうた

 

ブログを書こうかと思いつつ、なかなか書けずにおりました。

と言いますのも、実は先々週、コロナに罹って、

まるまる1週間寝込んでおりました。

 

弱毒化したとは言え、やはり普通の風邪とは違い、

一気に高熱になり、猛烈にのどが痛む。

 

熱は4日ほどで引いてくれたのですが、

急激に高熱になったせいか、後遺症的に頭痛が治らなかったり、

寝汗がひどかったりと、完治には結構時間がかかりました。

 

その後、今度は妻が発症。

妻は熱はさほどでもないのですが、喉がかなり痛むらしく、

食事にも難儀するレベル。

おそらく同じウィルスと思われますが、

症状は体調、癖によって微妙に変わるみたいです。

 

コロナも5類になり、

以前のように、マスク無しで長距離出張などもしていますので、

どこでもらったのか、想像もつかないのですが

最近はまた流行っている様子。

皆様もお気をつけくださいませ。

 


さて、表題の「やってもうた」ですが、

コロナのことではありません。

 

実は勢いで愛機のリッケンバッカー4001をフレットレスにしちゃいました。

以前の記事で書きました通り、私は楽器をたくさん所有するのは苦手でして、

ベースは2本しか持っていない。

フレッテッドのリッケンバッカーと、

フレットレスのエピフォンのフライングVのみ。


そんな状況なのに、リッケンバッカーのフレットを引っこ抜いちゃいました。

結果、うちにはフレットレスしかなくなってしまいました。

 

きっかけはコントラバスへの興味でした。

もともと持続音が好きなことも有り、

クラシックでのコントラバスのアルコ奏法にあこがれを持っていました。

また、昨年から井野信義さんのライブを拝見する機会が多く、

そこでもコントラバスの存在感、自由度、幅みたいなものに惹かれていました。

 

とはいえ、コントラバスはサイズ的にも練習時の音量的にも

かなりハードルが高い。

多分今の自家用車だったら運べないし・・・

 

なので、エレキアップライトに挑戦してみようかと、

いろいろと調べてみたのですが、

YOUTUBEなどで確認してみると、大抵のエレキアップライトは

ほとんどフレットレスベースと音色が変わらない。

中にはしっかりとコントラバスの音がするものもあるようなのですが、

それらは30万超えがざらで、「興味がある」レベルで手が出せるものでもない。

 

そんなことを調べたりしている中で、

久々にフレットレスベースを弾いてみようと思い立ち、

上記のフライングVを弾いてみたんですが、これがすごく面白い。

 

フレットレスって、しっかり押弦しないと確実なピッチが得られない。

11音、丁寧に向き合い、耳を傾けながら弾く必要がある。

それが今の自分の考え方にマッチしていて、すごく楽しい。

大事なことを思い出させてくれる。

音楽というのは本当はこうして丁寧に紡がなきゃいけないと思う。

 

こうして、コロナから復調するなり、密に練習を繰り返す中で、

フライングVよりも体になじんでいるリッケンバッカーをフレットレスにした方が、

自分を出しやすいんじゃないか。。なんて思い詰めはじめ、

気が付いたらフレットを抜いていました。


 

フレットレスベースとフレッテッドベースでは結構音色が違います。

ジャコのベースの音色を聴いたジョーザビヌルが、

エレキではなくコントラバスによる演奏だと

勘違いしたなんて話を聞いたことがありますが、

やはりフレットレスの音は丸めで低音感が強い。

いままでの私のソロ音楽はむしろ逆の志向が前提になっていまして、

理想としていたのはピッキングした時に「コーン!」と鳴る、

ピアノに近い音像でした。

 

フレットを抜くことで真逆の音になっちゃいました。

ですが、それを補う新しい何かがぼんやり見えてきてるような、無いような・・・

 

うーん、やってもうたかなぁ・・

とにかく練習を続けます。




 

 

 

 

2023年5月8日月曜日

Cスタ

 

GWが終わり、本日から通常営業です。

 

皆様、どんなGWを過ごされましたでしょうか。

 

私はと言いますと、例年同様でして、

どこかに遊びに行くでもなく、

練習、模型、座禅、野良作業、読書・・・

そんなGWでした。

 

 

我が家の辺りは山の中ということもあり、

近隣にキャンプ場や川遊びスポットが多く、
GWは各所から人が集まってくる。

街に比べれば大したことは無いんですが、

普段は人が少ないので、なんだかすごく人が多くなったように感じる。

 

なので、練習のために以前紹介したAスタ、Bスタに行くのが億劫。

もっと近くで練習できないものかと考え、

いいところを開拓しました。



 

こちらのCスタ、

家から30秒くらい。

川沿いのおばあさんの家の庭を抜け、

裏庭から降りた川っぺりです。

 

おばあさんの家と書きましたが、

現在は介護施設に入っていらっしゃり、家は無人。

近くに住んでいる、弟さん(おじいさん)が管理しています。
そのおじいさんに相談し、裏庭に出入りさせていただけるようになったという次第。

代わりにというのでもないですが、
おばあさんの家周辺の草むしりを引き受けさせていただいています。

 

私は自然の中での練習が好きです。

 

自然の中で音楽をやっていると、

まれに不思議な感覚になる。

言葉で説明が難しいのですが、

自覚的な演奏意識がなく、ぼんやりと勝手に手が動く。

月並みな表現ですが、自然に溶け込むというか、

自分が無くなるというか・・

 

この感覚、狙って到達できるものでもなく、

練習を続ける中でふとそんな瞬間が来る。

 

ぼんやりしていても演奏はしっかりしている。

そして、そんな感覚にある自分に気づき、ハッとすると、

いつもの感じに戻ってしまう。

そんな、すごく曖昧で繊細な感覚。

 

でも、これがすごく気持ちよく、

訪れとともに多幸感が満ちる。

 

自覚はできないが、
この瞬間の演奏はきっといいものなのではないかと思う。


そんな演奏が自覚的に、人前での演奏時にも発揮できればいいのにな。






2023年4月25日火曜日

生越~茅ヶ崎~辻堂

 ライブ拝聴記

2023420日 生越 山猫軒

 

先週の木曜日、仕事を休んで昼間のライブに行ってきた。

 

家から山を二つ超えた、生越にある山猫軒で

尊敬する井野信義さんのライブ。

今回はピアノ 高瀬アキさん、サックス 早坂紗知さん、

ベース 井野さんというトリオ編成。

 

井野さんはフリー演奏で有名ですが、

今回はJAZZ的な構成の曲が多く、

メインテーマの後、各人のソロを経て再びメインテーマに戻るという形態。


JAZZ的と上述しましたが、

各人のソロはかなりフリー度が高く、

メインテーマを忘れてしまいそうになるくらいぶっ壊す。

 

バラバラになったかと思うと、

最後はバッチリのタイミングで3人でのメインテーマに移る。

この辺の息の合い方もちょっと信じられない感じでした。

継続的なバンドではないので、

おそらく事前にスタジオに入ったのもわずかでしょうに・・・

 

 

ソロの時、他のメンバーはバッキングに回ることはまれで、

基本的に演奏をやめてソロイストに任せたり、

同時進行でフリー演奏をなさるのだが、

演奏をしていないメンバーは適当にステージに置いてあるパーカスを

いじくって音を出したりする。

明確にリズムを鳴らすばかりではなく、

「遊び」「ハプニング」っぽく入れることもある。

ソロを取っている方はそれを無視したり、リズムに寄せてみたり、

自由に演奏を続ける。

 

これです。

こういうところが私には届かない境地だ。

 

ロックだったらありえない状態かと思います。

ソロ中に他のメンバーが適当に演奏に干渉するなんて。

喧嘩になりかねない。

俺の見せ場を邪魔するな、的に。

 

だが、彼らは違う。何かを表現しよう、魅せようとしているのではなく、

息をするように演奏をしている。

なので、そこにどんな音が混じってこようが気にしない。

そしてそれが結果的に素晴らしい表現になるのです。

そんな様子を見ていて打ちひしがれる。

 

最後の曲、井野さんと高瀬さんが80年代頭に

ドイツのジャズフェスに出演したころに合わせていたという曲を演奏なさる。

(すみません。不勉強にて元曲がわかりません。)

 

上述の通り、フリー度の高いソロが繰り広げられた末にメインテーマに戻る。

このメインテーマの演奏がすごかった。

メインテーマにもかかわらず、壊し気味に弾く高瀬さんのピアノがすごすぎて

涙が出ました。

最初に弾いたメインテーマと使っている音は変わらない(はず)。

でも、感情のこもり方が違う。

 

この日のお二人の演奏は、おそらく当時の演奏とは全く違う演奏でしょう。

年輪を重ねた末の今の演奏なのだと思います。

音楽は奏者とともに生き続けていて、成長していく。

 

一緒に見ていた妻も高瀬さんのピアノにノックアウトされ、

終演後にCDを購入していた。

普段JAZZを聴かないのに。

井野さんもそうだが、ステージを降りると普通のご年配に戻る。

気さくに妻と会話する高瀬さんをみていると、さっきの演奏が嘘のようだ。

 

ここのところ、仕事が忙しく、

休みを取ってライブに行くことに少し抵抗があったのですが、

行ってよかった。


日本のフリージャズ黎明期を担ってきた達人たちは

もう皆さん老齢だ。まだまだ勉強させていただきたい。

今後もライブを見に行こうと思う。

 

 

ライブ日記

2023423日 茅ヶ崎ウタパンパン

からの 辻堂 トニーノ

 

そして、一昨日(423日)は

急遽参加することになったライブにて茅ヶ崎へ出張。

 

神奈川での久々のライブということで、

大磯在住の学生時代の友人や、ベリコン(ベリタスコンク75)の新見夫妻、

フリーキーマシーン、チャッカーズのケンゴさん、

おなじくチャッカーズのユウさんが見に来てくれた。

 

前回のライブはお寺でしたので、

不穏な曲は控えましたが、

今回はDEATHのカバーを含む5曲を演奏。

お寺でDEATHというわけにもいきませんので。

 

このカバー、かなりアレンジしているので元曲とはかけ離れているのですが、

DAYBREAKコウスケ君が元曲を言い当てる。

さすがDEATH黒帯。

 

私は1番手でしたので、自身の演奏後は他出演者さんの演奏を見たり、

来て下さったお客さんや共演者と会話して過ごすが、

終演を待たずに店を後にさせていただく。

実は夕方から隣町の辻堂にてケンゴさんが弾き語りをするということなのだ。

 

場所はおしゃれなピザ屋さん。

なんでも3周年パーティとのことで、店の周辺は大盛り上がり。

「横浜」な不良な人たちがあふれかえっている。

老若男女問わず、だれもが笑顔でいい雰囲気。

 

こういう場では委縮してしまう私も、

あまりにも開放的な雰囲気に意外とすんなりなじめた(気がする)。

 

そしてケンゴさんのライブ。

弾き語りとはいえ、ケンゴさんのアコギ+歌の他、

スライドギター、アコギ(リードギター)、カホン、パーカス(鳴り物)と、

なかなかの大所帯でケンゴワールド全開。

 

ライブ、素晴らしかった。

ケンゴさんの歌は独特な深みがある。

肩の力が抜けていながらも、芯の強さを感じる歌だ。

チャッカーズの曲メインのセットでしたので、

歌詞のテーマはアレなのですが、それにもかかわらず、グッとくる。

 

フリーキーマシーンは旧20000ボルト時代からの先輩。

なので、ケンゴさんの歌も25年以上前から知っている。

昔は今と違い、力みがちな印象で、それも魅力的ではあったが、

いまはご自身のスタイルが明確になってオリジナルなケンゴ節がすごく染みます。


 

私もBucket-Tのころはボーカルもやっていたが、

うまく歌えず、悩み続けた。

ele-phantABNORMALSではコミさんと組んでいたので、

彼の歌、すごさに触れるにつけ、さらにボーカルへの思いは遠ざかり、

今はやめてしまっている。

 

 

森有正さんの経験論ではないが、

人は年輪のようなもので出来ていると思う。


どんなことでも継続は難しい。

でもとにかく継続していれば年輪は増していき、幹は太くなっていく。

そして、自分ならではの木になっていくのだろう。

 

あのまま続けていたら自分の歌も何らかの形にたどりつけたのかな・・・

そんなことを思った。







2023年4月19日水曜日

元「歩き羊羹」

 

タバコをやめて10年以上が経った。

吸いすぎでの喉、声の不調を感じていた中、

震災が起きて、国産タバコの流通が止まり、

好みの銘柄が買えなくなったことをきっかけにやめた。

 

酒もほとんど飲まなくなった。

一時期はアル中であることを自覚するほどに依存していて、

酩酊して気絶するように寝るのが常だったが、

今では、呑み会となればある程度はいただきますが、

普段は2~3週間に1回、日本酒を一口飲む程度の酒量になっている。

 

タバコ、酒と並べるものではないが、肉もほぼ食べない。

「ベジタリアンです」と胸を張れるほどではないが、

自分から肉を食べることは無い。

 

そして、ここのところ砂糖をやめている。

 

私は結構な甘党でして、

学生のころは学内を羊羹、板チョコなどを片手に歩いていたことから、

「歩き羊羹」というあだ名をいただいたこともある。

 

アラフィフの今になっても相変わらず甘いものが好きで、

ホイップクリーム(的なもの)を悪ふざけのように大量に挟んだコンビニパンが大好物。

 

反面、砂糖の害については、本や雑誌で学んでおり、

「やめるべきなんだろうなぁ」くらいには考えたりしていた。

 

そんな折、妻がお世話になっているマッサージ師さんとお話しする機会があり、

「人類の作った毒物の中で最悪の2つは放射能と白砂糖だ」というお話しをいただいた。

白砂糖は害もさることながら、その中毒性がひどいとのことだった。

 

以降、砂糖(白砂糖)の摂取をやめてみている。

仕事柄、外食の機会も多いので完全に摂らないことは難しいが、

できるだけ避けている。



やめてから現時点で約3週間、

少し体に変化が出てきた。

 

まず、とにかく砂糖に敏感になった。

外食となると、たいていの料理には砂糖が入っている。

今までは気づかなかったようなものでも

砂糖の存在がわかるようになってきた。

先日、立ち食いソバを食べた。

汁には当然のように砂糖を感じるが、

かき揚げにもしっかりとした砂糖の甘さがあったのには驚いた。

 

次に、夜中にトイレに起きなくなった。

酒をたくさん飲んでいたころは当たり前のように夜中にトイレに起きていた。

酒をへらしてからもその癖が抜けなかったのだが、

砂糖をやめたら劇的に減った。

 

妻に借りた、群ようこさんのエッセイで、

漢方薬を通して体質改善を行った話があり、

その中で、夜尿が減った理由と思われる内容が書いてあった。

 

砂糖は水分を吸収する。

砂糖を放置しておくとべたべたしてくるのはそのためで、

たくさん食べれば体の中で水分を吸収し、べたべたのままで居座ることになる。

砂糖が消化され、残った水分が夜中の尿意として現れるということなのだろう。

砂糖を減らしたことで水分の体内残留が減り、夜尿が減ったのだと思われる。

 


そして、もう一点あまり良くない変化がありました。

砂糖をやめた当初、慢性的な頭痛に苦しめられました。

 

過去にファスティングをやった時も同様の頭痛があった。

どうやら、一時的に血糖値が下がることが原因ではないかと思われる。

 

似た現象として、タバコをやめたときに強烈な眠気があった。

タバコには覚醒作用があるらしく、

常用することでその覚醒作用に体が慣れてしまい、

禁煙によって、その覚醒成分が入ってこなくなることで、

眠くなってしまうそうだ。


この眠気は2~3週間ほどで

徐々に体が禁煙生活に慣れていくことで解消していった。

同様に砂糖抜きでの頭痛も徐々に減っていき、

いまではほとんどなくなっている。

 

 

そんな砂糖抜き生活、

こういう話をすると「意識が高い」だの、

果ては「宗教的」なんて言われにつながったりする。

実際、私も昔ならそんな反応をしたんじゃないかと思うが、

まぁ、本人が好きでやっていることなのでほっておいてやってください。

 

タバコも酒も肉も砂糖も、やめるにあたっての信念とかはほとんどありません。

そういう話ではなく、やめてみて感じた爽快感、体調が心地よく、

また元に戻ろうという気持ちになりにくいというのが大きい。

 

砂糖をやめても、ちょっとしたおやつは取りたいことがあるので、

コンビニなどで砂糖が入っていない軽食を探すのだが、

想像以上に砂糖無しの食品(製品)というのは少ない。

カットフルーツのようなものですら、糖液が和えられていたりする。

元々甘いものなのに。

世の中、ディフォルメであふれかえっているのだな、と改めて感じる。

本質ではなく、わかりやすさを重視する世の中だ。

そういったものと距離を置きたいというのも

砂糖なしの目的の一つだったりもする。



 

まぁ、いずれ元にもどるかもしれませんけどね。

なにしろ元「歩き羊羹」なので。

 

 

 

さて、告知です。

 

急遽、今週末にライブ予定が入りました。

 

4月23日(日)

茅ヶ崎ウタパンパン


盟友DAYBREAKのお誘いで久々の神奈川です。

私は14:15からの演奏予定です。

 

よろしければ、お越しくださいませ。